伍子胥伝
①本小説の著作権は《青島ページ》にあります。
②日本語文法などに誤りが沢山あると思いますが、ご指摘してくださる方を心から待ち望んでいます。
③即興創作のため、不定期で大幅に修正する可能性があります。
太史公言う:
怨恨の害毒が人に与える影響は、すさまじいものではないか。王者でさえ、怨恨を臣下にいだかせるような行為をすることはできない。まして、同列のものにおいてはなおさらである。はじめ、伍子胥が伍奢にしたがってともに死んでいたら、ケラや蟻のようなつまらぬものと何の異なるところがあったろうか。人質された父の招きを断って小義を棄て、そのために父兄の讐を報じて大恥をすすぎ、名を後世に垂れたのである。悲壮ではないか。子胥が楚の追手に追い詰められて揚子江のほとりで進退きわまったときには、道々乞食までしたのだが、その心志には、かたときも郢を忘れたことがあろうか。
その故に、隠忍して功名をとげたのである。壮烈な男子でなくては、だれがよくこれほどまでに為しえただろうか。
白公も、もし、恵王をおびやかしてみずから楚王になったりしなかったら、その功業謀略において偉大なものが
あっただろうに。