崂山

所在市区: 
地址: 
崂山
门票: 
90~65元
公交线路: 
104路,113路,304路,123路,312路,106路,107路,110路,311路,365路
公交车站: 
仰口,北九水

1. 崂山の概況 
  崂山は青島観光で絶対見逃せないスポットであろう。海から突き出たようにそびえる崂山は険しく雄々しく「山海奇観」と呼ばれている。崂山の歴史は古く、王重陽、丘処機、張三豊など道教の祖師は崂山と深い関係があり、昔からここは「神仙窟宅、霊異府第」といわれている。李白を始め、多くの詩人、文人もこの山を訪ね、すばらしい作品を残している。李白の「我昔東海上、崂山餐紫霞」は古くから親しまれており、蒲松齢 の「崂山道士」という文字はこの山に神秘な雰囲気を漂わせている。崂山の主峰の名は「巨峰」、またの名は「労頂」であり、海抜1132.7メートルである。わが国の沿海部では唯一1000メートル以上の山で、別名「近海名山」とも呼ばれている。山、林、泉、滝などの自然と共に文化、宗教的な歴史もあることにより、全国でも知名度の高い観光地となっている。 
  崂山は昔は、「牢山」「労山」「二労山」「輔唐山」あるいは「鰲山」と呼ばれていた。黄海と崂山の組み合わせは、独特の自然景観を作り出しており、更に、永い歴史を持つ道教文化と共に貴重な観光資源となっている。これらの資源に対する全面的な調査、評価、論証の結果、1982年、国務院は崂山風景名勝区を初めて「国家重点風景名勝区」と認定した。2001年には、国家旅泳局の初代「AAAA級景区」とされた。崂山は東南に黄海を臨み、西は青島の都市部に隣接しており、北は即墨に繋がっている。総面積は446平方キロある。 
  崂山風景名勝区は巨峰、登瀛、流清、太清、上清、仰口、棋盤石、北九水、華楼の九つのエリアに分けている。合計200箇所余の観光スポットがある。崂山の観光ルートは四つあり、それらは南ルート、北ルート、山に入る三本の国道線がある中ルート、海上観光ルートがある。 
「巨峰」 
  巨峰は崂山の主峰であり、「労頂」ともいわれる。海抜1132.7メートル、わが国の長い沿岸部では最高峰である。 
  巨峰の頂上は花崗岩の岩柱群からなり、面積約300平方メートルである。頂上部に巨大な岩石が突起しており、上に行けば行くほど鋭くなり、まるで剣が空を突刺しているようにみえる。巨峰の頂点から遠くをみわたすと、東と南の方向に広大な海が見え、西と北には連綿とつづく険しい峰々と、かすかに町や村も見える。 
3. 太清遊覧区 
  「太清景区の風貌」 
  太清景区は三方を山に、一方を海に囲まれた自然に恵まれた地形である。冬になると、北からの寒風を峰々が防いでくれるので、この辺りは、亜熱帯気候に近い気象となっている。冬季の平均気温は0.90C。夏季には、涼しい海風が吹いてくる。厳冬も酷暑もなく、温暖湿潤である。それが為にいろいろな植物が繁茂し、北の植物も共によく育っている。ここにある太清宮は「小江南」とも呼ばれ、活気にあふれている。 
「太清宮」 
  太清宮は崂山の中では最も歴史のある所で、最大規模の「道観」である。西漢の武帝建元元年(紀元前140年)に建てられ、すでに2140年の歴史がある。 
  太清宮の創始者は江西の張廉夫で、官界を見限った彼は、官位を捨てて道教を修行しはじめた。そしてここに草庵を1軒建て、「三官」という神体を祀り、「三官廟」と名づけた。唐代の末に、道士李哲玄が神殿を拡張し、三皇神像を祀り、「三皇殿」と名づけた。宋代には、道士劉若拙が1軒の草庵を修繕し、老子の神像を祀った。宋の太祖は劉若拙を「華蓋真人」に封じ、「上苑」と上清宮を建て、太清宮を大規模に修繕するよう命令した。太清宮は劉若拙の別院である。これらを通じて現在の太清宮の規模に至った。太清宮は「三官殿」、「三皇殿」、「三清殿」など主要な建物が141個があり、敷地面積3万平方メートル近くある。 
4. 上清遊覧区 
  上清宮は「上宮」とも呼ばれ、崂山全真道華山派の宮観である。宋代のはじめに建造され、道士劉若拙のために建てられたものである。地理的な位置は太清宮より高く、さらに、道教では「上清」は「太清」より思想的な位置づけが高いので、「上清宮」という名がつけられた。上清宮の建築規模は大きくないが、人里離れた山の奥深くにあり、雰囲気は幽寂で、道士が修行するには最高の場所である。 
「龍潭瀑」 
  龍潭瀑は「玉龍瀑」とも呼ばれ、崂山第一の滝である。八水河とその支流である聖水河とが合流するところにあり、海抜500メートルの天茶頂と北天門との間の山から流れてくる。その水が谷間を通り抜け、数十本の渓流となり巨大な滝になる。滝の高さは20メートル、断崖から玉龍が雲の中から飛び上がるように滝つぼへ落ちる。故に、「龍潭瀑」といわれ、その下の深い滝つぼを「龍潭」という。 
「明霞洞」 
  明霞洞は全真道の金山派の開山祖庭であり、天然の岩窟と道教の廟宇がある。広々とした地形と幽玄の世界が広がっているので、古くから「万里風濤臨大海、千林霜葉響空山」として有名で、崂山十二景の一つである「明霞散綺」となっている。 
  1982年、明霞洞は青島市人民政府により重点文物保護単位に指定された。 
5. 仰口遊覧区 
  仰口景区は崂山風景名勝区の東北部にあり、奇峰の仙山を背後にして、青い波が美しい仰口湾に面している。仰口湾から覓天洞までの面積は約22.48キロあり、「仰口湾」に因んで名がつけられた。山と海との色合い、奇洞怪石および道観の名勝として名高く、古くから「仙山聖境」、「洞天福地」という美称があるほどである。 
「仰口湾」 
  仰口湾にある金色の砂灘は平坦で、砂も軟らかい。砂灘の勾配も緩やかで、波も穏やかであるので、昔から「金砂碧波」と呼ばれている。青島の中でも最高クラスの海水浴場でもある。海外でも有名な崂山緑石が仰口湾の海底からとれるが、この崂山緑石で彫刻した工芸品は芸術性が高く、貴重品として、内外の観光客から高い評価を得ている。 
「太平宮」 
  太平宮は宋の初期の建隆元年(960年)に建てられた。宋の太祖趙匡胤が道士劉若拙を「華蓋真人」に封じてから、修繕したものである。 
  建てた当時は「上苑宮」と呼ばれていたが、後に「太平興国院」と改名された。南宋の末年に「太平宮」と改められ、その名は現在に至っている。道教には「十大洞天」、「三十六小洞天」、「七十二福地」があるが、「七十二福地」の中で、太平宮の順位は第六位といわれている。 
  太平宮の敷地面積は2500平方メートルあり、建物の延べ面積は2000平方メートルある。建物全体はちょうど「品」の字形になっている。「二進式院落」で、正殿は後ろに建てられ、前院は東西両院に分けられている。 
6. 華厳寺遊覧区 
「華厳寺」 
  華厳寺は崂山においては比較的規模が大きな仏教の廟宇である。敷地面積は4000平方メートル、建築面積は2000平方メートルある。120間余りの部屋があり、「四進式院落」である。寺全体は山の地形にそって建てられ、入るにつれてだんだん高くなり、「階段式」の院落でもあり、仏教建築の常識を破った形をしている。対日戦争のとき、日本軍は青島を占領していたが、当時、亡命した国民党の青島臨時政府がここに設けられていた。「文革」のとき、華厳寺はひどく破壊され、1999年に新たに修繕された。現在の華厳寺は、重い屋根の間に「斗拱」と呼ばれる組み物を挟んだ木造建築の工法を、そのまま受け継いでいる。大殿全体は華麗で気品が漂っている。 
「那羅延窟」 
  那羅延窟は那羅延山の北坂に位置し、天然の花崗岩石窟である。周囲の壁は削られたように滑らかで、よじ登るのも難しい程である。石壁の上方に四角形の薄い石が突き出ており、その形は厨子のようである。洞の頂部は空に直通しているように真丸く滑らかな開口がある。昼間に、陽光が射し込むと、洞内はかなり明るい。僧侶達はこの洞窟を「仏教世界の第二大窟」と呼んでいる。 
7. 華楼遊覧区 
「華楼の概況」 
  華楼山は、海抜348メートル、山峰の頂上に一塊の長方形花崗岩が突き出ている。その花崗岩は、高さ21メートル、独特の形をしていて、遠くから見ると、空に挿入してい突き出たような高いビルに見える。故に、華楼峰と呼ばれ、景区の名前もこれに因んでつけられた。 
  「華楼宮」華楼宮は元代の泰定二年(1325年)に建てられ、崂山道士の劉志堅が創建したもの。前には夕陽澗があり、後には碧落岩があって、視界が広い。林が青々として茂り、中に竹があって、清楚、幽寂な雰囲気を醸し出している。道家では「風水宝地」といっている。 
  華楼宮の山門は東を向いているが、それは「紫気東来」を意図して作られている。正面の庭園は長方形で、敷地面積は2000平方メートル、建築面積が300平方メートルあり、老君、玉皇および関帝との三殿が建てられている。東の大殿に関公、中央の大殿に太上老君、すなわち、道教の始祖である老子を祀っている。 
「華表峰」 
  連綿たる山々から怪石が突き出ており、その形が華表(装飾用の石柱)のようであることから、それで「華表峰」という名がつけられた。奇異な形、秀麗な風景および古跡の集積地が故に「崂山著名十二景」の一つと認定され、「華楼迭石」と呼ばれている。 
8.北九水遊覧区 
「概況及び由来」 
  北九水の水は崂山の天乙泉を源泉としている。源泉水は海抜1100メートル余りの高峰から勢いよく流れ出、途中で多くの渓流と交わって「靛缸湾」へと入った後、再び「靛缸湾」から出る。そして長く深い峡谷に沿って曲がりくねりながら流れて行き、そのスピードは、時には速く時には緩まり、その水流は集まったり分かれたりしながら、勢いよく下っていく。この水流の両側には多くの峰が聳え立ち、鳥達が鳴き、美しい光が集まり、青々とした木々が覆いつくし、山水が互いに交わり合っており、絢爛たる画廊の風景を形成している。 
  北九水遊覧区とは崂山中部の北よりにある白沙河上流地帯のことである。巨峰北部に位置し、寒気が入ってくるために気温は比較的低く、低温帯植物の生長に非常に適している。植物の種類も豊富であることから、又の名を「小関東」とも言う。 
  崂山は「天然彫刻公園」であり、北九水は「庭園の中の庭園」である。そこは「一歩歩くと景色が変わり、十歩歩くとまた別の世界に行ける」と言うことができるほど、至るところで様々な物に似た、本物そっくりの石を目にすることができる。清らかな水流が曲がりくねり、その水しぶきは雪のように白く、淵の水の色はエメラルド・グリーンで、無限の変化に富んでいる。よって、古より「九水画廊」と呼ばれている。一歩その巨大画廊に足を踏み入れると、自分が絵画の中にいるような感銘を受けることができる。 
「九水十八潭」 
  内九水は泉、淵ともに多く、上質の水が集まっている。当時の青島市市長杜世成氏の提案によって、それらの水を利用した大きさや深さの違う淵が内九水に作られた。それは「自然のままにまかせる」という老庄の思想と美しい風光が結合した産物であると同時に、独特な文化内包を形成し、より美しい風光を構成している。我が国の著名な画家範曽教授は、泉と淵一つ一つの方位と形、特徴、及び周囲環境に基づいて、崂山内九水を「九泉、十八潭」と命名し、「崂泉銘」と書き記した。それは「自然と人の一体化」と「自然のままにまかせる」の道家思想を十分に表していると同時に、九水遊覧区に重厚な文化要素を与え、それによって一つ一つの淵と泉に魂と文化内包をもたらした。